Interview / 2017 07,31Part.1

「史上最強の男」が生まれた父との軌跡

桁外れのパンチ力から「モンスター」の異名を持つ、WBO世界スーパーフライ級チャンピオンのプロボクサー・井上尚弥選手。ライトフライ級では、当時の日本人男子で最速記録となるプロ入り6戦目での世界王座獲得。さらに、8戦目で成し遂げたスーパーフライ級との2階級制覇に至っては、当時世界最速という記録を持つ。
「ボクシング史上最強」と称されるほどの強さの裏には、幼いころから指導をしていたトレーナーの父の存在があった。親子二人三脚で勝ち取ったボクシング人生のターニングポイント=「Relifeのタイミング」は、2階級を制覇し、アメリカ進出を9月に控えた今だという。彼は今、何を思い、何をしようとしているのだろうか――。

井上 尚弥さん

1993年4月10日生まれ、神奈川県座間市出身。
現WBOスーパーフライ級王者。世界最速で2階級制覇するなどボクシング界最注目の逸材。弟は元東洋太平洋王者の井上拓真。

ボクシングのすべてが楽しく思えるのは、父のおかげ

Chapter.01

––ボクシングを始めたきっかけはなんでしょうか?

父親の影響ですね。父がボクシングをやっていて、自宅でトレーニングをする姿をずっと見て育ちました。そこから憧れのような感情を持つようになり、小学校1年生のときに自分からお願いして、教えてもらうようになりました。最初の半年ほどは自宅での基礎トレーニングがメインでしたが、そのうち本格的にジムへ通うようになり、中学生以降は父が新たに設立したジムでトレーニングを積んでいきました。

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––お父様がきっかけだったのですね。トレーニングで印象に残っていることはありますか?

ボクシングのトレーニングってすごく単純で、毎日同じことの繰り返しなんです。それでも、少しメニューを変えたり、ときにはオリジナルメニューを入れたりして、飽きないようにいろいろ工夫してくれていましたね。おかげで、きつい練習も楽しみながらこなせていたように思います。

––井上選手が楽しめるように工夫されていたんですね。そんな中でも、つらくてボクシングを辞めたいと思ったことはありませんでしたか?

それが一度もないんですよね。常に楽しみながらやってきた記憶しかありません(笑)。

story_img2ボクシングを始めた頃の練習のようす
story_img3小学生のときのボクシングの試合にて
story_img4中学生のときのボクシングの試合にて

––では、井上選手がプロになることも自然な流れだったのでしょうか?

それが、小中学生のころは自信がなくて。周囲から「プロになるのか?」と聞かれても、答えをはぐらかしていました。自分の中で、はっきり「プロになる」とは言えないプレッシャーのようなものを感じていたんです。しかし、高校に入ってインターハイや全国大会で優勝できるようになったころから自信もつきはじめ、プロを意識するようになりました。高校2年生くらいのときだったと思います。

親でありパートナーでもある父――「普通に“お父さん”」として安心感を与えてくれる存在

Chapter.02

––プロデビューされる際、お父様も専属トレーナーとして専念されるようになったんですよね。

父はもともと塗装業の会社を経営していたのですが、そこから自分のトレーナーに専念してくれるようになりました。どうしてそこまでの決断ができたのか聞いたことはありませんが、もし自分が父の立場だったら、なかなかマネできないですね。だからこそ、自分が失敗して父を裏切るようなことはしたくないですし、活力になっていると思います。

story_img5高校でのインターハイ優勝。父・真吾さん、弟・拓真さんと

––ずっと二人三脚でやってこられたんですね。井上選手にとってお父様はどんな存在なのでしょうか?

今もトレーナーとして一緒にトレーニングをしていますけど、なんというか普通に“お父さん”という感じなんですよね。ボクシングのときとプライベートで父に対して態度を変えることもないですし、反対に息子だからといって特別な態度をとられることもありませんから。だからこそ、自分も親子という甘えを持たずに今日までやってこられたんだと思います。ただ、父に守られている安心感のようなものは常にあります。僕にとっては、最も信頼できて、これからもずっと一緒にボクシングをやっていきたいと思える存在です。