StoryEssay / 2017 05,22Part.3

38歳出版社勤務。過ちから逃げるように始めたランニングの先に見えた新しい自分。 そして新たな出会いからのリライフ(後編)

出版社に勤める勇次は、大阪府豊中市で生まれ育ち、明治大学経済学部を卒業。学生時代から10年付き合った恋人とまさかの結婚1年で別れてしまった×1(バツイチ)男。
これからお話しするのは、そんな勇次が離婚、転職、友人関係、恋愛、お金など様々な人生の局面で必死にリライフ(=人生の再生)を繰り返し、大きくなっていくヒューマンドラマです。

ゴールデンウィーク、誘われるままに参加したトレイルラン 鎌倉の山道で待っていた、順子さんとの出会い

Chapter.12

ランニングは途切れず続けて3年目に突入しました。

ある日、スポーツショップに行くと、飯倉さんから、「うちで主催しているトレイルランに参加しない?」と誘われました。いつも街中を走っているので、たまには自然の中を走るのもいいかもしれない。そんな気持ちで参加を決めました。

初めてトレイルランに参加したのは、ゴールデンウィークの初日。天気は快晴で、絶好のスポーツ日和。朝も早くから全長約7kmの天園ハイキングコースを走りました。
集まったのは、スポーツショップのスタッフ2人を含めて11人。人とのコミュニケーションに飢えていた僕は、初めて会った人たちと自己紹介をしあうだけでテンションが上がりました。職場では針のむしろですが、誰もが先入観なく自分と接してくれるのがうれしかったです。

自然の中を走るのは、思った以上に爽快なものだったし、ほとんどの参加者が普段からランニングやジョギングをしてるので、自然と仲間意識が芽生えました。

そんなメンバーの中に、僕と色違いのトレランシューズを履いている女性がいました。

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彼女の名前は、順子さん。年齢は30代前半くらいでしょうか。理学療法士の資格を持っていて、普段はスポーツマッサージとトレーニングを組み合わせた施術を行う施設で働いているそうです。

一般的に、女性はカラフルなシューズを履く傾向にあると思うのですが、彼女が履いていたシューズの色合いはブラックがベース。「珍しいな」なんて思いつつ、足元から徐々に視線を上げていき、顔を見て一瞬で目を奪われました。端的にいえばタイプだったのですが、単にそれだけではなくて……。
有名芸能人のようなボブヘアーの彼女は凛とした雰囲気をまとっていて、背筋をピンと伸ばした立ち姿が見とれるくらい素敵だったんです。視線がぶつかると、ニッコリ笑ってくれて。笑うと目じりに皺が刻まれます。僕は久々にドギマギして大慌てで目を逸らしたのですが、「あ、シューズ、お揃いですね」って声をかけてくれて。

これは運命なんじゃないかって勘違いしそうになりました。それに、順子さんは山道を走る姿が颯爽としていて、とても格好良かった。
トレイルランを終えてからは、参加者全員でカフェに入ってランチをともにしました。
僕は運良く順子さんの近くに座ることができました。順子さんは、分け隔てなく人と接する人で、初めてトレイルランに参加した僕に、都会の日常に疲れたときにトレイルランで気持ちをリフレッシュしていることや、街中を走るランニングと起伏のある山道を走ることの違いについて、一つひとつ言葉を選びながら丁寧に話してくれました。

特に印象的だったのは、「トレイルを走ると、新しい自分になれるような気がするんです」という言葉です。確かに、自然のなかを走ると、肉体的にはもちろん、精神的にも研ぎ澄まされる何かがあるんですよね。自分を見つめながら、克己心とともに新しい一歩を踏み出す。コースを走っている間は、自分の甘えや驕りが浮き彫りになるような感覚をおぼえました。それは僕にとっても意義深いことでした。

彼女はパッと見の印象こそ明るいのですが、ふとした表情にどこか陰があって、そのギャップに惹かれました。といっても、僕も離婚の傷が完全に癒えているわけではなく、この数年、女性に対して心でブレーキをかけてしまう状態にあったのです。しかし、走り続けたことが自分に新しい一歩をもたらしてくれたのかもしれません。

まっすぐ彼女に対して心が開いていく感覚を覚えました。

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近くの参加者と彼女が歓談しているときに、「今日は子どもを預けてきた」と話していたので、何気なく「今日はパパさんがお子さんの面倒を見ているんですか?」と聞くと、彼女は一瞬間を置きつつも、「子どもは実家です。私、少し前に離婚してシングルなんです」と、笑顔でサラッと答えてくれて。
そう言われて彼女の左手を見ると、確かに指輪をしていませんでした。「そうなんですね」と何気なく応じましたが、気持ちは複雑でした。自分にもチャンスがあるかもしれないと思う反面、離婚を経験した辛さを想像できたからです。そして、<同じ理由で傷ついたことがあるから惹かれるのかもしれない>と、妙に納得しました。

僕はそこで間髪入れずに「じつは僕もバツイチなんです」と伝えると、どこか仲間意識を持ってくれたみたいで、LINEのIDもスムーズに交換できました。そのとき、他の参加メンバーは“おっ!?”って感じの顔をしていましたが、茶々が入ることもなく、温かく見守ってくれていました。
まあ、ふたりともいい大人ですからね(笑)。その日は、久しぶりに胸が高鳴るような気持ちを味わいました。帰宅して夜を迎えても、なかなか寝付けませんでした。