StoryEssay / 2017 08,21Part.5

40歳出版社勤務、人生転がり続けた男の物語小説 最終章。勇次、最後のリライフ。

出版社に勤める勇次は、大阪府豊中市で生まれ育ち、明治大学経済学部を卒業。学生時代から10年付き合った恋人とまさかの結婚1年で別れてしまった×1(バツイチ)男。
これからお話しするのは、そんな勇次が離婚、転職、友人関係、恋愛、お金など様々な人生の局面で必死にリライフ(=人生の再生)を繰り返し、大きくなっていくヒューマンドラマです。

移住の想いと、順子さんへの想いの葛藤 勇次の決断は…

Chapter.16

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母の死をきっかけに、僕は東京から離れることを真剣に考え始めました。

移住先として真っ先に思い浮かべたのは、岐阜の郡上八幡です。
初めて訪れたのは、大学時代の夏でした。地元出身の友人に誘われて、郡上おどりを見物に行きました。そして、まるで磁石のように場の持つ力に引きつけられてしまったのです。

山々に抱かれた郡上八幡は、豊かな水の恩恵を受ける町です。人々が夜通し踊るさまは、得も言われぬエネルギーに満ちていて、夏の郡上おどりの間は全国からたくさんの人々がやってきます。僕も夏は欠かさず郡上おどりを訪れるようになり、回を重ねるごとに郡上八幡に魅入られていきました。
友人から紹介された地元の人たちとの交流もでき、その中には農業や林業に携わっている人もいます。
もしこの街に住むことになったら、仕事を紹介してもらうこともできるかもしれない。そう考えると、期待で胸が膨らみました。

ただし、ひとつだけ気になることがありました。それは、順子さんです。
正直にいえば、僕は順子さんにぞっこんで、できるのなら今すぐにでも結婚したいと思っていました。でも、順子さんは離婚後、努力して東京に生活の基盤を築き、千夏ちゃんを大切に育てています。そんな彼女に、ゆかりのない土地で一緒に暮らそうなんて軽々しく言えるはずもありません。

ある日の夜、僕は郡上八幡への一泊旅行を順子さんに提案しました。時期は、徹夜踊りが行われるお盆の期間。もちろん、千夏ちゃんも一緒です。LINEのメッセージはすぐに既読が付き、<いいですね! 詳しい話を聞かせてください!>と返信がきました。
順子さんと初めての旅行だし、郡上の魅力を知ってもらえるし、嬉しくないわけがありません。
ただ、<宿泊費と交通費はこちらで持たせてください>という提案は、<気持ちはうれしいけど、そこはワリカンで!>と断られました。こういうところが、順子さんの魅力のひとつだと思いました。

旅行の日取りは、8月15日・16日になりました。
僕は前日に大阪の実家で初盆の法事を済ませ、岐阜駅で順子さんたちと落ち合うことにしました。千夏ちゃんから「ドライブをしたい」というリクエストがあったため、岐阜駅からレンタカーで郡上八幡まで行くことにしました。

郡上おどりの夜に打ち明けた本当の気持ち 車中で交わされる互いの決意を込めた会話 その先には…

Chapter.17

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長良川を眺め、緑の濃い山道を抜けて一時間もすると、郡上八幡に到着です。
車を駐車場に止めて、ぶらぶらと散策しました。町中には水路が張り巡らされていて、じつに涼やかです。順子さんも気に入ったようで、「初めて来たけれど、いいところですね」と言ってくれました。そして、僕が「将来的には、こういう町で暮らしたいんですよね」と話すと、「私も憧れるなあ。子育てにも向いてるし」と声を弾ませて応じてくれます。思わぬ好感触に、心臓が早鐘を打ちました。

千夏ちゃんは、地元の子どもたちが橋の上から吉田川に飛び込んでいる様子を見て、「私もやってみたい!」と、上目遣いで順子さんを見ます。が、「もう少し大きくなってからね」と止められ、ちょっぴり不満そうでした。「ゆうじさん、お母さんにたのんで~!」とせがまれましたが、ママがいる手前、僕からは何も言いません。ただ、順子さんに似た千夏ちゃんの凛々しい性格がよく分かり、微笑ましく感じました。

お盆の4日間は郡上おどりの山場で、訪れた人々は夜から早朝まで夜通しで踊り続けます。
はじめは夜店に夢中だった千夏ちゃんも、にぎやかなお囃子に心を惹かれるようで、浴衣姿で軽快に踊る人たちを食い入るように見つめています。

「みんなで一緒に踊りませんか?」

僕はふたりに声をかけ、率先して踊り始めました。順子さんも千夏ちゃんも見様見真似で体を動かし、弾けるような笑顔を見せてくれました。僕は僕で懸命に踊りながら、ふたりと一緒にこの町で暮らしたいという思いが、さらに高まりました。

千夏ちゃんが眠くなるタイミングを見計らって、日付が変わる前に車に乗り込み、ホテルを目指しました。近隣の宿泊施設がどこも取れなかったため、岐阜駅の近くに宿を取っていました。

「楽しかったなあ」

順子さんはひとり言のようにそう言いました。僕は黙って車を走らせていましたが、意を決して話し始めました。

「順子さん、僕、遠くないうちに郡上八幡に移住しようと思っています」

「え、そうなんですか?」

「はい、自然の豊かな場所で暮らすことにずっと憧れていたんです。この前の話を聞いて、人生“いつかは”と思っているだけじゃダメだなって。」

「そうですか……」

「仕事はどうにでもなると思っています。知人のツテがないわけもないし。それに、もしできたら……」

「できたら?」

「できたら、三人で暮らしたいと思っています」

勇気を振り絞って切り出しましたが、返事はありません。
車内には沈黙が広がり、後部座席から千夏ちゃんの寝息だけがかすかに聞こえます。

「……今すぐは無理です。千夏と友だちを急に引き離すのもかわいそうだし……」

順子さんは今にも消え入りそうな声で言いました。

「そうですよね。突然すぎますよね」

努めて明るく返事をしましたが、その場からすぐにでも消え去りたいほどショックを受けていました。