StoryEssay / 2017 09,25Part.2

喧嘩するのは高円寺、仲直りするのも高円寺

別々の場所で生まれ育ち、そして上京して出会った、とあるカップル。そんなありふれたふたりが「東京」という街で共に暮らしていく些細な日常を、ライター・カツセマサヒコさんが丁寧に描くショートストーリーです。

カツセマサヒコ

フリーライター。1986年東京うまれ。編集プロダクション・プレスラボでのライター経験を経て、2017年4月に独立。広告記事、取材記事、エッセイ、物語等の企画・取材・執筆を行う。Twitterでの恋愛・妄想ツイートが10~20代前半の女性の間で話題を呼び、フォロワーは現在10万人を超える。
趣味はスマホの充電。

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「しばらく放っておいて」

彼女からLINEが届いたのは、家まであと5分のタイミングだった。
高円寺の駅から徒歩15分。住宅街に突如現れるエスニックな雑貨屋の隣に、1LDKで11万3000円の僕らの家があった。
辺りは街灯も少なく、秋の夜には少し心細さが残るほど暗かった。

「ごめん、10対0で俺が悪いです」

彼女がスマホを手放す前にと思い、慌てて短い謝罪文を送った。が、既に遅かったようで、既読は付かない。

「でも本当に悪気はなくって」

未読。

「もうすぐ家に着くから、ちゃんと説明させて?」

またしても、未読。

完全に怒らせてしまったようだった。

金曜の夜にも関わらず、彼女は昇進がかかった試験のために勉強をしていた。ストレスも溜まっていたのだろう。休みの合間に送ってくれたLINEを、僕が見事にスルーした。スルーしただけならまだしも、ほぼ同タイミングで、同僚の女性と飲んでいるツーショット写真をSNSにアップしていた。このタイミングの悪さが、彼女の逆鱗に触れた要因だった。

「私がどれだけ苦しんでいても、あなたの仕事に一切関係のないことぐらいわかるよ。でも、彼女が苦しんでいるときに、これみよがしに異性とのツーショットをアップするって、それ、どういう神経してんの?」

必死に謝罪を試みたが、もう聞く耳を持たないし、LINEを見る目もないようだった。仲直りのケーキを買ったところで美味しいと思う味覚もなさそうだし、五感のほとんどが閉じられていることを悟った。

昔から嘘や言い訳が下手だった僕と、一度怒ると怒鳴るより黙る方を選択する彼女との喧嘩は、ここにきて史上最大の山場を迎えた。

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そもそも、どうして中目黒ではなく、高円寺に住んだのか。

半年前、僕らは初めての同棲に向けて作戦会議をした。
そこで彼女は中目黒に住むことを熱望し、僕はそれを予算内であれば構わないと認めた。

しかし、現実は厳しく、11万の予算で中目黒に1LDK物件を探すのは、なかなか難しかった。具体的に言えば、4つの賃貸紹介サイトと3つの不動産会社を駆使して2カ月粘っても、「中目黒・11万・1LDK」で自分たちが気に入る物件が見つからなかったのである。

「じゃあ、祐天寺は? あそこも、若い人には人気じゃない?」
「やだ。せめて代官山。あとは、恵比寿とか」
「ほんと、いちいち脳内が華やかだよなあ」
「うるさいなあ。住む場所って大事だよ? 起きたらハッピーな気分になれる場所に住みたいじゃん」
「じゃあ、ミラコスタは?」
「それはいいね。ミラコスタに住めたら毎日プロポーズでもしてくれるわけ?」

そんなやりとりの末、徐々にお互いが妥協して行きついたのが、「高円寺・新築デザイナーズ物件・11万3000円・1LDK」だった。

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「当初の予定からだいぶ離れている」とお互い言いながらも、内見のために久しぶりに訪れた高円寺は、中目黒ほど洗練された街ではないものの、個性的な飲食店や雑貨店、古本屋が立ち並び、カルチャー色が強く残っていた。未だに若者に人気な土地であることはすぐにわかった。そして何より、中目黒に比べれば家賃相場も安く、現実的に見てふたりで住むには適した場所だと判断された。

彼女は高円寺という土地に最後まで納得していなかったものの、デザイナーズマンションなのに収納が多いことと、ひたすら天井が高いところに惚れた。僕は僕で、駅から15分は遠いと思うものの、玄関が広くて、コンロが3口であり、コンセントが多いことに喜んでいた。

「人生に妥協はつきものだからね」と、最後にはあっけらかんと受け入れたようすが、やたらとかわいかった。彼女の機嫌が良ければ僕の人生もそれなりにハッピーだろうと思い、この物件に落ち着いた。