都心エリアの最新不動産市況
変化する外部環境を捉えこれからの市況を読み解く
日銀によるマイナス金利の解除と追加利上げが示唆されるなかで、金利ある世界へのシフトが本格化してきました。想定以上に堅調な米国経済を背景にFRBの利下げ観測は後退し、日米金利差は開いたままです。為替は34年ぶりの円安水準となり、輸出企業を中心に企業業績は堅調ですが、物価高による実質賃金の低下から個人消費の停滞も懸念されています。株価が史上最高値を更新し好調さを維持する都心の不動産市場ですが、金融環境のレジームチェンジが進むなかで、高額物件に対する需要や投資収益の持続可能性について検証する必要性が高まっています。今回は、各種データから外部環境の変化を捉え、マンションやオフィスなど各セクターの動向を踏まえながら今後の市況を探ります。
市場を取り巻く外部環境
日米の金融政策が株価に与える影響に注目
日銀は今年3月の金融政策決定会合でマイナス金利政策を解除し、短期金利の誘導目標を0〜0.1%に引上げ、長短金利操作(イールドカーブコントロール)も撤廃しました。物価と賃金上昇の持続などを前提とした追加利上げも示唆され、金融市場では年内1回(0.25%)程度の短期金利の上昇を見込んでいます。日銀による金融引き締め(国債買い入れの減額)を見越して、長期金利も約1%と大規模金融緩和当初の水準まで上昇しています。ただ、こうした金利上昇も日米金利差の縮小や円高には至らず、むしろ投機筋の円安圧力に対して為替介入で対応する状況がみられました 図表1 。日米金利差とドル円の相関は高く、米国FRB(連邦準備制度理事会)が利下げに転じた場合は円高も想起されますが、米国の物価や雇用は依然として底堅く利下げ観測は年内1回程度に後退しています。物価の上昇が賃金を上回る状況(実質賃金マイナス)を踏まえると日銀の大幅利上げも考えにくく、急速な円高の可能性は低いとみられます。ドル円と日経平均株価の相関も概ね維持されており、為替が140~150円/ドル台の水準に留まれば株価は底堅く推移すると予想されます 図表2 。為替のみで株価が決まる訳ではありませんが、企業業績の上振れが実現すれば株価4万円台の再現も期待されます。
図表1日米の長期金利(10年物国債利回り)差とドル円の推移

図表2ドル円と日経株価の推移

株式相場サイクルからみた今の景気ポジション
企業業績に対する為替の影響は業種により異なりますが、輸出企業の多くは今年の想定為替レートを140円台とし慎重姿勢が目立ち、現状の円安水準であれば業績は上振れしそうです。一方、内需企業は輸入原材料の価格上昇から収益が悪化し、過度な円安の是正が求められています。不動産価格と密接な関係にある株価を見通す上では、為替のほか金利や企業業績との関係も捉える必要があります 図表3 。現状は金融相場から業績相場への移行期にあるとみられ、株価は安定的に推移しています。上述のように輸出企業では業績の上振れが予想され、内需企業も米国の利下げで円高にシフトすれば業績改善が見込めます。為替と金利の変動が緩やかな場合、株価は当面底堅く推移すると考えられます。
図表3相場サイクルにみる株価と金利・業績の関係

民間調査機関による25年に向けたGDP成長率は底堅い民需を背景に1%前後で推移し、根強い物価上昇率も日銀目標の2%前後に落ち着く見通しです 図表4 。金融市場では日銀による追加利上げを今年後半に見込む声が多く、金利のある世界へのシフトが現実味を帯びてきました。ただ、物価を上回る賃金上昇の継続や日米金利差の再拡大など外部環境が大きく変化しない限り、大幅な利上げや急速な金融引き締めは考えにくい状況にあります。今の円安の背景には日米金利差に加え、経常収支の需給要因も挙げられます。海外投資の収益・配当の拡大で経常収支全体は黒字ですが、自動車以外の輸出低迷や輸入物価の上昇で貿易収支は赤字が続き、クラウド等の海外企業への支払いが増加しサービス収支も赤字です。海外の収益を現地で再投資する動きも目立ち、構造的に円高になりにくい環境にあります。為替や物価が安定的に推移すれば、金融政策も小規模な変更に留まります。不動産取得や企業の借入れに影響を与える長短金利は緩やかに上昇し、当面不動産市場を下支えする金融環境は大きく変化しないものと予想されます。
図表4民間調査機関による経済見通し

都心不動産市場の動向
都区部の新築マンション平均価格は5四半期連続で1億円超
不動産市場の好調さが最も表れているのが、都心の新築マンションです。24年1~3月期の都区部の契約率は71.6%と好不調の目安である7割を上回り、超高層物件も7割前後で推移しています(㈱不動産経済研究所調べ) 図表5 。平均発売価格は11,095万円と5四半期連続で1億円を超えました。23年の都区部の平均価格は11,483万円でしたが、中央値(価格順に並べた際に真ん中となる価格)は8,200万円と乖離が拡大しています。発売戸数は3四半期ぶりに減少し、供給が絞られる中で一部の高額物件が平均価格を押し上げる構図が続いています。価格上昇の牽引役である超高層物件の24年以降の供給予定をみると、都区部は130棟・54,904戸に上り、千代田・中央・港・新宿・渋谷の都心5区は24,602戸、港区は13,201戸を占めます。50階以上の計画は昨年来供給が続く麻布台1丁目(970戸)に加え、六本木5丁目(1,000戸)や中央区豊海2丁目(2,046戸)などが目立ち、大規模開発でのタワーマンション供給は引き続き活発です。ただ、供給量は郊外に比べて減っており在庫は低い水準にあります。都心や湾岸エリアは高値でも人気が衰えず、強気のマンション供給は続くとみられます。
図表5新築マンションの販売状況(都区部)

既存マンション成約単価も上昇傾向さらに強まる
新築マンション価格とともに既存マンションの成約単価も上昇に拍車がかかっています。都心3区の24年1~3月期の成約㎡単価は171.01万円で前年比プラス15.8%の2ケタ上昇となり、20年7~9月期から15四半期連続で上昇しました。城西地区も129.29万円と12年10~12月期から46四半期連続で上昇しています((公財)東日本不動産流通機構/レインズ調べ) 図表6 。都心3区の㎡単価は4月に182.86万円まで上昇し、平均成約価格も10,892万円となり新築マンションと同様に1億円を超えました。これらの数字は一般的な既存マンションを含むものですが、三井不動産リアルティが独自に集計した都心のプレミアムマンションデータでは、価格の上昇傾向がより顕著に現れています。24年1~3月期の対象9エリアの平均成約坪単価は945万円と前期比で9.0%上昇し、23年から上昇が加速しています。9エリアのうち番町・麹町以外の8エリアは集計開始以来の最高値を記録し、白金高輪・麻布十番(927万円/坪)、銀座(750万円/坪)、市谷・四ツ谷(634万円/坪)、目黒・品川(785万円/坪)の4エリアは2期連続、麻布・赤坂・六本木エリア(1,377万円/坪)では7期連続で最高値を更新し、前期比では290万円超の大幅上昇となりました。成約単価の上昇に伴い売出単価との乖離は縮小し、9エリアの平均乖離率は1.56%まで低下しました。麻布・赤坂・六本木や青山・渋谷、白金高輪・麻布十番など7エリアが低下し、目黒・品川は前期比で0.9ポイント超の低下となるなど、売り手市場の性格が強まりました。価格だけでなく取引の増加も目立ち、麻布・赤坂・六本木をはじめ6エリアで増加がみられ、青山・渋谷エリアの成約件数は集計開始以来最大となりました。レインズデータでみた既存マンションの在庫件数も都心3区は23年下期から他地区に先行して減少が続き、需給はタイト化しています。こうした需要の強さの背景には、株高による資産効果の影響が挙げられます。周知のように都心の不動産価格と株価には高い相関が認められ、都心3区における13年以降の既存マンション㎡単価と日経平均株価の相関係数は0.902と、株高に呼応して不動産価格も上昇基調にあります。株価が日米金利差に依拠すると仮定すると、米国の利下げによって株価の下落、引いては㎡単価の下落も想起されます。足元の上昇ペースが速いため一時的な調整が入る可能性もありますが、米国の利下げ観測の後退や日銀の緩やかな利上げを考えると、当面は株価と不動産価格を支える外部環境に大きな変化はないものと予想されます。
図表6既存マンション市場の動向①

図表6既存マンション市場の動向②

図表6既存マンション市場の動向③

オフィス市場は空室率・賃料とも改善の動き
コロナ禍以降、軟調に推移してきたオフィス市場ですが、23年下期から回復に転じる動きが目立ってきました 図表7 。24年4月の都心5区の空室率は5.38%と前年比で0.73ポイント、前月比で0.09ポイント低下し改善傾向にあります(三鬼商事㈱調べ)。都心5区の平均募集賃料は19,825円/坪と、前年比で0.4%下落しましたが前月比ではプラスとなり、空室率の改善とともに上昇の兆しがみられます。空室率は千代田区が3.07%、渋谷区が4.33%と低く、募集賃料は渋谷区が23,075円/坪、千代田区が21,646円/坪と高い水準にあります。欧米に比べてオフィス回帰が進んでいるとされますが、特に両区では都心の中でも需給改善の動きが目立ちます。
図表7都心オフィス市場の動向①

図表7都心オフィス市場の動向②

店舗賃料は渋谷・表参道の路面店で上昇目立つ
商業施設もコロナ禍からの人流回復で、賃料の上昇がみられます。エリア別にみた23年下期の1F店舗の平均賃料は、銀座が68,700円/坪と最も高く21年上期との比較でやや下落したものの、インバウンドの拡大を背景にラグジュアリーブランドの出店は衰えていません((一財)日本不動産研究所調べ) 図表8 。渋谷は60,500円/坪、表参道は57,800円/坪と双方とも上昇し、インバウンドの好影響を最も受けたエリアとなりました。渋谷はアニメや音楽等のコンテンツが牽引役となり、外国人客数が新宿を上回りました。銀座と並ぶブランド街の表参道もファッション関連の出店が回復し、コロナ禍で空室が目立った竹下通りなどでも出店が増加しています。新宿では募集件数が減少し需給バランスは回復しており、従来のマーケット水準を回復しつつあります。1F以外の店舗の平均賃料は、低い水準にあるものの各エリアとも上昇しており、表参道が36,600円/坪と銀座の35,000円/坪を上回る状況にあります。路面店に比べて募集件数は多く街区によって需給が緩むエリアもありますが、渋谷における需要は底堅く推移しています。
図表8店舗賃料の動向①

図表8店舗賃料の動向②

都心不動産市場の見通し
金融政策の変化を意識した投資姿勢が重要に
前述のように、株式の相場サイクルからみて当面の不動産市況は堅調さを維持しそうです。ただ、その前提となる外部環境には不透明要因も残されており、あらゆる状況を想定し市場と向き合う姿勢が求められます。当面注視すべき動きとしては、米国大統領選後の経済政策や中国経済の先行き、欧州・中東での地政学リスクなどが挙げられます 図表9 。これらは、世界的なサプライチェーンの中で原材料や製品価格を左右し、我が国と密接な関係にある米国経済にも影響を与えます。米国FRBの金融政策は物価と雇用の安定を目的とし、その動向により金融緩和や引き締めの方向性が決まります。それらを踏まえると、現状で大きく4つのシナリオが想定されます。シナリオ1は現状の物価と雇用環境が維持され、いわゆるノーランディングとなる状況、シナリオ2は徐々にインフレが鎮静化し、緩やかな利下げによるソフトランディングとなる状況を示します。米国経済はコロナ禍後の現金給付や移民の増加による消費拡大を背景に底堅く、政策金利はインフレ対策の性格が残るとみられます。このため日米金利差は大きく変化せず、金融相場あるいは業績相場により株高、引いては都心不動産市場の堅調な展開が見込まれます。一方、排他的な貿易政策の強化や地政学リスクの高まりなどで過度なインフレが再燃する場合はシナリオ3、米国の利下げの遅れなどから急速な景気悪化が顕在化する場合はシナリオ4の可能性も浮上します。シナリオ3では日米双方の利上げで円高が進行し、逆金融相場で株価は低迷し不動産市況も軟調となります。シナリオ4は需要減退によるハードランディングから急速な利下げを強いられ、大幅な円高に伴う逆業績相場で株価は下落、不動産市況も悪化すると考えられます。このように、今後の市況を捉える上で強弱両面の方向性を踏まえておく必要がありますが、当面のメインシナリオは1~2の可能性が高く、都心の不動産市場は底堅く推移すると予想されます。その場合は市場にとってポジティブですが、金融政策は今まさに転換期にあり、急激な環境変化にも冷静に対処できるよう、日頃から的確な投資戦略を助言できるコンサルタントを得ておく必要があると言えるでしょう。
図表9今後の不動産市場を見通す上で想定される4つのシナリオ

上村 要司
博士(都市科学)、技術士(建設部門/都市及び地方計画)
(株)Geo Laboratory
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