住まい・暮らし

地震に備えたチェックを…住民同士による情報共有の重要性

いまから20年以上前まで、「グラッときたら、すぐに火を消す」との標語とともに、地震後の火災の恐ろしさが語られていました。この標語は、1923年9月1日、関東を中心に甚大な被害をもたらした「関東大震災」に由来するといわれます。

関東大震災では地震後に各地で発生した火災により、数多くの家屋が焼失しましたが、その総数が揺れによる損壊をはるかに上回ったからです。

東京府(現東京都)内だけに限っても、地震による全壊・半壊は約5万軒でしたが、火災での焼失は20万軒以上に及びました。そのときに、「怖いのは揺れより火災」といった意識が多くの人々の心に刻み込まれたようです。

関東大震災以降、長年にわたって国内では大震災と呼称される災害が発生しませんでしたが、70年以上経った1995年1月17日、淡路島北部を震源とするマグニチュード7.3の大地震が発生しました。

国内で初めて震度7の激震が観測された「阪神淡路大震災」では、激しい揺れで数多くの家屋が倒壊し、その後の調査で亡くなられた方々のおよそ8割が、建物の下敷きとなったことが明らかになりました。

そこから、国内の各ハウスメーカーは揺れに強い家づくりに着手しました。そして、その勢いを加速させたのが、いまだ記憶に新しい2011年3月11日に発生した「東日本大震災」です。

直接的な被害の有無にかかわらず、自宅が倒壊する不安から補強工事の需要が高まっています。

住宅設備の耐久性と大地震に備えた防災、被災対策

1978年に起きた「宮城県沖地震」での建物被害の教訓から、1981年に建築基準法は改正されました。

その「新耐震基準」に沿っていない木造住宅への耐震補強工事は、「屋根瓦の軽量化」、「コンクリート製の基礎部分と材木で組んだ土台部分との緊結」、「壁にブレース(筋交い)と呼ばれる斜めの部材やX字型の鋼鉄製フレームの取り付け」、「柱や梁(はり)の接合が外れないよう金属製プレートで固定」などが代表的です。

屋根瓦の交換や壁の工事は、程度によっては短期間で完了するため工事中も居住できるそうです。

ただ、旧耐震基準で建てられたビルやマンションでの耐震工事は大がかりなものとなるので、オーナー、管理会社、居住者間での密な話し合いが不可欠となります。

耐震審査、耐震工事に補助金や助成金を出す自治体があるとはいえ、費用の負担や、工事期間中の騒音などがトラブルに発展する可能性は大いにあるので、事前の住民同士の意思の疎通は欠かせません。

東日本大震災が発生して以降、建設された高層ビルやマンションは、地震対策をもっとも強くアピールしています。新耐震基準をクリアしているうえ、メーカーごとに独自の地震対策を講じているようです。

一番多く採用されているのが「免震」でしょう。「耐震」は地震の揺れにも耐えられるよう建物を頑丈にすることで安全性を高めますが、「免震」は地震の揺れを建物に伝えないようにするという違いがあります。

具体的には、地盤と建物の基礎との間に、鉛直方向では建物の重量を支え、水平方向ではフレキシブルに動く「アイソレータ」という装置を置いて、地震による地盤の揺れを吸収します。

また、アイソレータの代わりに「オイルダンパー」や、金属が持つ元の形に戻ろうとする属性(塑性変形)を利用した、「鋼材ダンパー」を設置する方法も増えてきました。

ただし、効果を最大限に得るためには、建物自体にある程度の重量が必要とされているため、一軒家ではあまり普及しておりません。

さらに、強風時に地震が発生すると、揺れが増幅されるケースも確認されています。ご購入の前には、メーカーや管理会社などから詳しい説明を受ける必要があるでしょう。

2016年4月に発生した熊本地震では、短期間に2度の震度7の揺れが発生したことで新耐震基準の建物も損壊しました。

未曽有の大地震に備えて、さらなる住宅の耐久性が求められていきますが、それと同時に、大事なことがあります。

それは、被災に備えて、家族や住民同士、地元との連携や情報共有を常日頃から深めておくことです。

万一の時に助け合う“絆”こそが、もっとも大切な災害対策といえるかもしれません。

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