Interview / 2017 10,30Vol.2

日本モダンガール協會代表 淺井カヨさん

自分らしい生き方をしている人を訪ね、その暮らしの様子や思いをお聞きする企画「Tokyo go my own way」。

今回お伺いしたのは、日本モダンガール協會代表の淺井カヨさんのご自宅。「モガ」ことモダンガールが生きた大正から昭和初期の時代を研究する淺井さんの装いは、まさにモダンガールそのもの。そんな淺井さん、昨年ご主人の郡修彦さんと一緒に家を新築されたそう。なんとそのお家、昭和初期に流行した和洋折衷の文化住宅を可能なかぎり再現したものなんです。
まさに、“モダン”な生活を送る淺井さんに、モガに目覚めたきっかけや魅力、そしてお家を建てたときのお話をお聞きしました。

淺井カヨさん(41)

日本モダンガール協會代表:愛知県出身。
大正末期から昭和初期の風俗・流行・文化を調査研究する。

具体的にどのような活動をされていますか?

Question.01

モダンガールが生きていた時代について調査・研究し、文章を書いたり、講演会で話したり、美術館の展示のために資料を提供したり、いろいろな活動をしています。
昭和初期の文化住宅を可能なかぎり再現した自宅を新築しましたので、この家を利用して蓄音器コンサートと建物案内の催事を開いています。
結婚前まで事務員として働きながら研究をしていたのですが、今はこういったことで仕事を頂けるようになり、これで暮らしていけるように模索中です。

story_img1

モダンガールに夢中になったきっかけは?

Question.02

そうですね。小さいころから古いものに惹かれるところがありましたね。
農家をしていた祖父母が住んでいた家は昭和30年代に建てられた家でしたけれど、農機具などは明治・大正、江戸時代の古いものまでありました。そういう環境に影響を受けたのでしょうか、古いものを見ていいなあと思いながら育ちました。ちなみに、家の柱時計は祖父母の家にあったものを持ってきたので、昭和初期のものです。

story_img2

初めにこの時代を意識したのは小学生のころ。日本大正村(※1)と博物館明治村(※2)の建物を見て感動したんです。

※1 日本大正村:岐阜県恵那市明智町の街中に点在する、大正時代の雰囲気を保存・再現した店舗や博物館などを総称して日本大正村としている。女優の竹下景子が3代目村長を務めている。
※2 博物館明治村:愛知県犬山市にある野外博物館。明治時代の建造物を移築し保存、公開している。作家の阿川佐和子が4代目村長を務めている。

そのあと、中学1年生の頃だったと思いますが、アンティーク風の鉛筆削りを持っている同級生がいまして、いいなあと思い、骨董品を復刻して安く作ったものを探したり、本に載っている古地図をコピーしてブックカバーにしていました。高校に上がると自分で骨董市に行くようにもなりました。
ただ、モガを意識したのは大学生のころ。美術課題で大正時代の絵師について図書館で調べているときに、当時の挿絵画家が描いたモダンガールの絵に出会ったんです。それまでは、漠然とこの時代が好きだったのだと思うのですが、洋装をした女性の姿にはっきりと憧れを感じた最初です。

story_img3

story_img4

それからずっとモガの格好を?

Question.03

いいえ。学生時代はモガに目覚める転機ではありましたが、別のことに興味を持っていて、それでこころが離れた時期もありました。
小学生のころから日本大正村よかったねと友だちに言っても「ふーん」という感じで、何回も通っているのは私くらいなもの。あまり理解されませんでしたね。だからか、この時代が好きだということはあくまで心の中で感じることであって、今のように生活の多くを当時の時代に合わせるということはありませんでした。

story_img5

様相や生活様式まで当時に合わせ始めたきっかけは?

Question.04

2004年の1月に、ある会社で働くことになったのですが、そこで出会った方が、まさにそういう趣味の方でした。服や鞄など昔のものを実際に使い、写真も加工して昔のものに見えるようにしていたんです。その方の影響が強くあります。自分も、もっと実践してみたいという気持ちが湧いたんです。
そして同じ年の4月、今度は大正時代風の格好をした人だけの花見会に参加してみたのです。すると、自分と同じような時代を愛好する人が多くいるわけですね。仲間というか、案外同じような趣味の方がいるもんだと感じたんです。それに、洋装が凄くしっくりきた。それがきっかけとなり、今のようにモダンガールのような格好をすることになりました。

story_img6

生活の多くが当時の様式に染まっていったのは、そのあとのこと、当時一緒に生活していた方と離れて、一人暮らしを始めたころからです。埼玉県の狭山市にある、昭和30年代の小さな一軒家を借りました。そこの近くに骨董品店があり、そこで氷冷蔵庫や火鉢といった古いものを買い、生活に取り入れるようになったんです。値段は「淺井さん決めてください」と言うような店でしたので、古い物をどんどん購入していました。
そのあとは大正10年の洋館を間借りし、そこが立ち退きになり、昭和初期のアパートに住むことになり、そして今に至ります。

story_img19以前住んでいた、昭和初期に建てられた住居