StoryEssay / 2017 02,27Part.2

35歳出版社勤務、昇格と引き換えに失った、 大切な友。親友との絶縁からのリライフ

出版社に勤める勇次は、大阪府豊中市で生まれ育ち、明治大学経済学部を卒業。学生時代から10年付き合った恋人とまさかの結婚1年で別れてしまった×1(バツイチ)男。
これからお話しするのは、そんな勇次が離婚、転職、友人関係、恋愛、お金など様々な人生の局面で必死にリライフ(=人生の再生)を繰り返し、大きくなっていくヒューマンドラマです。

離婚の悪夢から逃れたくて、打ち込んだ仕事と暴飲暴食の日々 気付けばプラス20kgにまで

Chapter.07

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離婚後はとにかく妻との思い出から逃げるような生活をしていましたね。とにかく仕事に打ち込みました。暇ができると嫌なことを考えてしまうので、とにかく仕事に没頭しましたし、引越しもしました。

新しい住まいは、東中野駅から徒歩5分ほどの小さなアパート。寝に帰るだけだし誰が遊びに来るわけでもないと割り切って、1DKの小さな部屋を選びました。
離婚の時に家具はほとんど妻が引き取りましたので、あるのは冷蔵庫と洗濯機くらいのもので、街の喧噪とは対照的に、殺風景を絵にしたらこうなるだろう、というような部屋でした。なんとなくベランダにはゴムの木を置いていました。(家にあったものと言えば、本当にこのゴムの木だけでした。)

妻と同じフィールドに立ちたいがために転職した出版業界でしたが、幸いにして業務は面白く、上司や同僚にも恵まれました。
配属されたのはグルメ情報誌の編集部。インターネットの隆盛で、おいしいお店を探すために雑誌を買う人の数はどんどん減る中、オリジナリティのある個人店のみを紹介し、料理や店主のバックグランドを細やかに伝え、口コミサイトとの差別化を図ろうというのが編集部の方針でした。

編集する上で何よりも大切なのは飲食店のリサーチです。自らの舌で料理の味を確かめ、取材申請するかどうかを決定しなければいけません。
雑誌の発行は毎月。特集する料理やエリアが決まったら、まずやるべきは、昼夜問わずにさまざまなお店を食べ歩くことです。4軒続けてラーメンとか、カレー、カツ丼、お好み焼きをハシゴしたりとか。

もともと食は太くないんですが、なんであんなに食えたんだろう。仕事に真剣だったのもありますが、食べることでストレスを発散してたんでしょうね。
仕事に没頭する毎日の中で、離婚の辛さからも解放され、自分が新しい自分に生まれ変わっていく実感がありました。この仕事が向いていたのか、僕が担当してから雑誌の売上は上昇。来る日も来る日も食べに食べ、食レポを書き続けました。人生が面白くなってくる予感のようなものを感じました。もう一度人生楽しくなってくるんじゃないかって。でもそれと引き換えに体重は増え続け、わずか一年で気づけばプラス20kg。見た目はもう別人。

前の妻が僕を見かけても分からなかったでしょうね。

新宿西口カウンター8席の焼き鳥屋 生まれた独り者同士の連帯感 毎日がこんなにも楽しいなんて

Chapter.08

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同僚とも次第に打ち解けていきましたが、特に親しくなったのは同じ中途入社だった濱口でした。
濱口は1歳年上で、前職は飲食関係。口数は少ないものの洞察力に優れていて、歳のわりには驚くほど舌も肥えていました。彼は、グルメ情報誌のフレンチの担当として大活躍。取材に出向けば高級店のシェフとも対等に渡り合い、読み応えのある記事を量産していました。

3年交際した彼女と別れたばかりの濱口とはウマが合い、仕事帰りにはよく飲みに行きました。行きつけは、職場からほど近い新宿駅西口の思い出横丁。カウンター8席のこぢんまりとした焼き鳥店が行きつけでした。

いろんな話をしましたね、互いに妻、元カノの愚痴を言い合ったり、別の女の話をしたり、特に、仕事の話を2人で熱心にしました。よく朝まで飲みました。30過ぎでこんなに何でも話せる親友が出来たことを心から嬉しく思いました。妻はいなくても、こうやって友人と毎日酒を飲んで自由に生きる人生もいいじゃないか、と。自分に自信も戻ってきました。

濱口はアイデアマンでした。
匿名で客に対する店主のホンネを載せる企画や、売れっ子タレントに密着して3日間の食事をすべて紹介する企画など、まわりが思いつかないユニークなアイデアをいつも思いついていました。
飲みながら彼のアイデアを聞いては関心し、僕も濱口のような企画を考えられるようになりたい、と酔いながらにいつも語っていました。あるとき話に出たのが、「特集店を舞台に複数の作家に短編を執筆してもらう」という企画。グルメ情報誌の新しい形だと僕も絶賛をし、2人で盛り上がりました。