StoryEssay / 2017 10,16Part.3

六本木でモエ・エ・シャンドンを

別々の場所で生まれ育ち、そして上京して出会った、とあるカップル。そんなありふれたふたりが「東京」という街で共に暮らしていく些細な日常を、ライター・カツセマサヒコさんが丁寧に描くショートストーリーです。

カツセマサヒコ

フリーライター。1986年東京うまれ。編集プロダクション・プレスラボでのライター経験を経て、2017年4月に独立。広告記事、取材記事、エッセイ、物語等の企画・取材・執筆を行う。Twitterでの恋愛・妄想ツイートが10~20代前半の女性の間で話題を呼び、フォロワーは現在10万人を超える。
趣味はスマホの充電。

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「ベタだねえ、どこまでも、ベタだねえ」
彼女は皮肉を言いながらも、やたらと上機嫌だった。

港区・六本木。ザ・リッツ・カールトンに入っているレストランで夕食を終えると、エントランスに停まっていたタクシーに飛び乗った。ふたりで1本空けたモエ・エ・シャンドンが、心地よく脳を揺らしている。

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青色の発光ダイオードで彩られた通りを抜ける。大きな交差点に差し掛かると、出会って早々に腰に手を回す黒人男性と、若さを一番の売りにしたような女性が信号待ちでキスをしていた。その前を通過し、次の目的地である東京のランドマークを目指して車は進む。

「なんでさあ、東京タワーが、東京の中心みたいなんだろうね?」

窓越しに微かに見えた、赤いてっぺんを眺めながら彼女が尋ねる。

「スカイツリーの方が、高さもあるし、新しいじゃん。もう主役はそっちになってもいいのに」
「んー、色じゃない?」

僕は適当に答えを考える。

「色?」
「戦隊モノの主人公は、いつだって赤だから」
「ああ、なるほど?」

彼女を納得させたことが、少しだけ誇らしかった。

今日は、最後まで自分のペースでいたい。付き合って4回目の記念日。この日に彼女にプロポーズすることを、半年前から虎視眈々と企んでいたからだ。たとえそれが彼女にバレていたとしても、僕はプロポーズをする男性として、毅然とした態度でいたいと思っていた。
切り出したのは、先月の日曜だった。

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2年住んで慣れ親しんだ高円寺の1LDK。彼女の作るスクランブルエッグに、レタスとトマトのサラダ、僕が見つけてきた精肉店の生ハムに、ローソンで買ってきた惣菜パン。「たまには朝食らしい朝食を」とふたりで話した末に揃えた料理を、ダイニングテーブルに並べたところだ。

「今度の記念日だけど、ホテルのレストランとか、どう?」

少し遠慮がちに切り出したのは、これまでの記念日デートにおいて、僕があげたプランが通ったことはほぼほぼなかったからだ。

箱根旅行を提案した結果、ディズニーランドになった一年目。星野リゾートでお泊まりを提案したところ、沖縄旅行になった二年目。自宅で過ごそうと言ったのに、オーストラリアに行った三年目。いつも彼女の修正案に僕が折れた。

そもそも“記念日に行きたい場所”なんて、僕にはそんなに願望がなかった。お互いが彼氏・彼女であることを再認識できる日であるならば、場所はどこだって関係ない。これは負け惜しみでも何でもなく、本音の本音だ。

でも、4回目の記念日を迎える今回ばかりは、どうしても自分の意思を通しておきたかった。プロポーズのシチュエーションは、結果に大きく左右すると思っていたからだ。

「ああ、ベタだけど、いいかも。都内のホテルってことだよね? リッツ・カールトンとか?」

返事は、意外なほどあっさりと返ってきた。過去の経験を考えてみても、ここまであっさりと決まったことは初めてだった。ところが、さらに驚いたのは、次の彼女の一言だ。

「そこで、プロポーズかな」

コーヒーを噴き出しかけた。冗談で言っているのか、脅迫のつもりなのかよくわからない。ニヤニヤとこちらを見つめながら、彼女はそう言った。

「まあ、そうかもしれないね」

早々に見透かされたことに動揺しながらどうにか濁そうとするが、もう遅い。

「そっかあ、私たちも、結婚かあ」

うれしそうだった。大きく伸びをしながら、満足げに彼女は言う。これでは当日のサプライズも何もない。むしろ、既に彼女も結婚するつもりになっていることがビシビシと感じられた。それは、つい2~3年前の彼女だったら考えられないことだった。あれほどドラマチックで可憐に生きることを望む人が、プロポーズに関してここまでドライだとは、正直驚いた。

「場所はどこでもいいよ。楽しみにしてる」
「プロポーズするとは一言も言ってないけどね?」
「はいはい、わかりました」

洗い物の食器を重ねる音すら、どこか陽気な音楽に聞こえた。
ドラマチックでもなんでもないシーンなのに、僕にはそれが極上のクライマックスシーンのようにも思えた。