StoryEssay / 2018 03,30 /Part.3

第3話「新しい暮らし、たのしみね」

新生活のはじまりは、期待や不安が入り混じるもの。就職を機に上京した主人公が、東京での暮らしの中で成長していくようすを描いた、ライター・夏生さえりさんによる連載小説です。

夏生さえり

フリーライター。出版社、Web編集者勤務を経て、2016年4月に独立。Twitterの恋愛妄想ツイートが話題となり、フォロワー数は合計18万人を突破(月間閲覧数1500万回以上)。難しいことをやわらかくすること、人の心の動きを描きだすこと、何気ない日常にストーリーを生み出すことが得意。好きなものは、雨とやわらかい言葉とあたたかな紅茶。著書に『今日は、自分を甘やかす』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。共著に『今年の春は、とびきり素敵な春にするってさっき決めた』(PHP研究所)。『口説き文句は決めている』(クラーケン)。
Twitter:@N908Sa

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コウスケを迎えに駅へと歩き出すと、いつも通る道のすぐそばにハクモクレンが咲いているのが目に入った。きっと昨日の暖かさで、春が来たと勘違いしたのだろう。寒々しい雨上がりの夜に、ぼんやりと浮かぶように咲いている幻想的な白い花たち。葉っぱのない枝に、不釣合いなくらい大きな花が咲くハクモクレンは、わたしにとって“冬を越えた楽しみ”だ。

2週間ほど前、つぼみが膨らみ始めたのを見て、コウスケと「咲くのが楽しみだね」と言い合った。はやく教えないと。スマホを取り出し、写真を添えて送る。

『咲いてた!』

コウスケにあれを教えたい、見せたい、話したい。いつ、どこにいてもそう思うようになった。もちろんこれまでにも恋は幾つかしたが、こんな気持ちになったことはなかったから、自分でも意外に思う。これまでは、自分中心の考え方から抜け出せなかった、というか、嗜好品としての恋だった、というか。それがコウスケと付き合ってからというもの、「一緒に生きている」という感覚に変わったのだ。不思議。こんなふうに寄り添って生きているような感覚で居られるなんて。昔はどちらか一方に寄りかかることしか、できなかったから。人は、自分ひとりでも立っていられるようにならないと、誰かを幸せにはできないのかもしれない。そうでなければ、片方の重みで、どちらかが倒れてしまう。

『あ、咲いたんだね』

『そう』

『教えてくれてありがとう』

『はやく言いたくて』

『あとで一緒に見ようか』

角を曲がれば、店が増えてくる。夜になり、街が賑わいはじめる時間だ。ぶらさがっている赤提灯、陽気なサラリーマン、片言で話しかけてくる外国人。それらを上手にすり抜けてコウスケのもとへと向かう。

以前なら、陽気な誘いにのってふらりと飲みにいくこともあった。先輩から誘われて、乃木坂まで繰り出した夜も。でも、ここ1~2年はそういう遊びもぱたりとやめてしまった。コウスケがいるから。そういう遊びよりも、コウスケと一緒にご飯を食べる方が楽しいから。それは、幸せなことであり、時に窮屈なことでもあった。でも。もし「窮屈だよ」と言葉にすれば、そのときわたしは絶対に笑みを浮かべているだろう。それがわかっているから、わたしはこの生活を今は続けていける。

「女は、いや、スミーは、大事なものがわかっているもんね」

引っ越しを決めたと電話をした時、先輩は言ってくれた。昔はキティばかりを飲んでいた先輩も、産休でしばらく休んでいる。

「大事なものがわかるようになるには、時間が必要だから」

そう笑っていた。