StoryEssay / 2018 06,28 /Part.2

もしも、あのとき別の人生を選んでいたら
芸人・ヒロシ――芸人になる夢をあきらめていたら(前編)

「もしも、第一志望の大学に合格していたら……」「もしも、あのとき会社を辞めていたら……」。
今とは違う"人生"を選んでいたときのことを、誰しも一度は想像してみることがあるのではないでしょうか。そのときの決断によって、住む場所はもちろん、人生も大きく変わってくるもの。
お笑い芸人としてブレイクし、現在では執筆活動や店舗経営、動画配信まで活動の幅を広げているヒロシさんに、そんな「選ばなかった人生」の話を伺いました。

ヒロシ

1972年1月23日熊本県生まれ。お笑い芸人。
2003年『ヒロシです。』のフレーズではじまる自虐ネタで大ブレイク。
2015年に出したヒロシの日めくり『まいにち、ネガティブ』(自由国民社)がヒット。
2018年4月からはBS朝日「迷宮グルメ異郷の駅前食堂」のレギュラーに抜擢。
現在は、都内の中野坂上で喫茶店の経営も。(現在改装中)
YouTubeにて『ヒロシちゃんねる』を配信。登録者数が今年12万人突破。
お笑い芸人としてだけではなく、幅広い活動を続けている。
ヒロシの詳しい情報は公式HP「ヒロシの部屋」(http://hiroshi0214.com/)まで。

学校を卒業した後は、一般企業に就職して、結婚して……。“普通”の定義は人によって違うだろうけれども、僕はそんな人生が“普通”で、自分自身もそんなふうに歳を重ねて死んでいくのだろうと思っていました。

芸人になりたいという憧れは、小学校3年生くらいから抱いていたんです。でも、勉強やスポーツができて一目置かれるようなタイプでもなく、クラスで笑いをとるような人気者でもないごく平凡な子どもで。中学を卒業したら、そのまま芸人になろうと思ったこともありましたが、親に「突拍子もない」と反対されて、すんなりあきらめた。それくらい、普通の人生を歩まなきゃいけない、道を外れちゃいけないっていう考えに囚われた人間でした。だから、「自分が芸人になんてなれるわけがない」と思っていたんです。

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大学を卒業後、僕は保険会社に就職しました。それも“普通”の延長で、なんとなく。けれども、人見知りで話すことすらままならない僕が、保険の勧誘をしたり、契約内容を変更させたりなんてできるわけがなかった。だって、社内ですら一言も話せなかったのだから。話しかけづらいオーラが漏れていたのか、近寄ってきてくれる人もいなかったです。誰ともしゃべらず、仕事の成果も出せない日々を過ごすうちに、朝起きると頭痛がするようになって、入社1カ月で出社できなくなってしまいました。

結局、会社に復帰したけれども、相変わらず頭は痛いし、できないものはできないし。外回りの時間は公園で昼寝して、ただただ時間を潰すようになりました。だから当然、契約数も0。会社に戻って怒られて、一日が終わる生活を送っていました。

そんな毎日だから、とにかく楽しくない。一生こうやって生きていかなきゃいけないのかな、なんて悩み続けて半年。最終的に「やっぱり芸人になりたい」という思いだけがどんどん強くなっていって、「もうだめだ」と辞表を出して芸人に転身することにしました。