StoryEssay / 2018 06,29 /Part.3

もしも、あのとき別の人生を選んでいたら
芸人・ヒロシ――あのとき、テレビに出るのをやめていなかったら(後編)

「もしも、第一志望の大学に合格していたら……」「もしも、あのとき会社を辞めていたら……」。
今とは違う"人生"を選んでいたときのことを、誰しも一度は想像してみることがあるのではないでしょうか。そのときの決断によって、住む場所はもちろん、人生も大きく変わってくるもの。
お笑い芸人としてブレイクし、現在では執筆活動や店舗経営、動画配信まで活動の幅を広げているヒロシさんに、そんな「選ばなかった人生」の話を伺いました。

ヒロシ

1972年1月23日熊本県生まれ。お笑い芸人。
2003年『ヒロシです。』のフレーズではじまる自虐ネタで大ブレイク。
2015年に出したヒロシの日めくり『まいにち、ネガティブ』(自由国民社)がヒット。
2018年4月からはBS朝日「迷宮グルメ異郷の駅前食堂」のレギュラーに抜擢。
現在は、都内の中野坂上で喫茶店の経営も。(現在改装中)
YouTubeにて『ヒロシちゃんねる』を配信。登録者数が今年12万人突破。
お笑い芸人としてだけではなく、幅広い活動を続けている。
ヒロシの詳しい情報は公式HP「ヒロシの部屋」(http://hiroshi0214.com/)まで。

入社半年で会社を辞め、覚悟を決めてスタートした芸人人生。下積み期間も長かったけれど、お笑いだけで稼げるようになったとき、ようやく売れ始めたことがうれしかったんです。それでも、芸人としてブレイクした後、僕は自ら表舞台を去ることを選びました。あれだけ憧れていたのに、テレビに出る仕事をやめることに決めたんです。

img_text_01

今でもときどき、「もしあのままテレビに出続けていたら……」と思うことはあります。ただ、芸人人生の中で、実力があってもなかなか売れない人たちをかなり見てきたので、「ここで手を緩めたらだめだ」「まだ全然売れてない」って、ずっと自分に言い聞かせていたんです。だから、「最近売れてきたんじゃない?」なんて誰かから言われても、売れない芸人の世界に引っ張ろうとしている声にしか聞こえなかったんですよ。

でも、いつの間にかブレイクしていて、月収で4,000万円をもらったときもありました。たしかに、売れていたとは思うんです。だけど、足りなかった。それまで収入がほとんどない期間を過ごしているから、僕が見返したい人たちがこれまでに稼いできた総額と比べたら、全然たいしたことがない。向こうは学生時代にモテまくって遊んでいたのに、自分はつらい時代を経て、博打のような世界に乗り込んでいったわけです。それを考えると、もっともっと何倍も成功しないと勝ったとは言えないな、と思いましたね。もしかしたら、たくさん稼いで売れまくったとしても、ずっとそう思い続けていたかもしれません。