StoryEssay / 2018 10,19 /Part.3

7年後の「刻の湯」by小野美由紀(後編)

家族のかたちは、家族の数だけあるもの。全3回にわたって、各作家がさまざまな「家族」をテーマにしたショートストーリーをお送りします。
今回は、銭湯で巻き起こった青春群像劇を描いた小説『メゾン刻の湯』(ポプラ社)で描かれた7年後の世界が舞台。
前編では、じいちゃんが亡くなって、かつての居候であるアキラとともに新しい生活を少しずつ送り始めたリョータに、自分と似ている女性が別府にいることを聞かされました。
自分の人生と向き合いながら、家族について考えていきます。

小野美由紀

文筆家。1985年生まれ。慶応義塾大学文学部フランス文学専攻卒。卒業後、Webや雑誌を中心にフリーライターとして活動開始。徐々にコラムやエッセイに執筆の域を広げる。2018年2月、初の長編小説で銭湯を舞台にした青春群像劇『メゾン刻の湯』をポプラ社より出版(https://www.poplar.co.jp/book/search/result/archive/8008177.html)。月に1回、書き手になりたい方に向けたエッセイや小説の創作ワークショップ「身体を使って書くクリエイティブ・ライティング講座」を開催している。

パン、と気持ちのいい音を立てて、白いシーツが空の下に広がる。

アキラが洗濯物を干している。俺はそれを、縁側に寝転んで見上げる。

白い布越しに、青い、青い、目に突き刺さるような碧空が見える。

 

“「うちの温泉によく来てくれるコンパニオンさんでさ、戸塚さんって人がいるんだけど。その人がリョータ君にすごく似てるんだ。だから、親戚かなって」”

実をいうと、俺がずっと気にかけていたのはこのことだったのだ。

ハルちゃんが帰った後、俺はSNSでひたすら検索した。

#別府温泉 コンパニオン

#別府 ●●温泉

およそ想像しうる限りのキーワードを入力した結果、やがて一枚の写真にたどり着いた。

見知らぬ誰かがアップした社員旅行の宴会の写真。どこかの旅館と思しき場所で、コンパニオンと客がくっつきあって写っている。赤ら顔のおじさんたちの中、一人だけ、着物を着た女の人が紛れている。

じいちゃん似の細くて高い鼻。

巻貝のように、ぴょこんと上を向いた、印象的な耳。

俺の頭の両側についているのと、全くおんなじ特徴の。

困ったような作り笑顔で、目の焦点はあってない。フラッシュに驚いたように見開かれ、その中に赤い光が点っている。

少しグレーがかった髪。痩せた肩。

記憶を手繰り寄せる必要もない。

直感が体の芯からやってきて、この人だと告げる。

 

――彼女は、実の父親が死んだことも知らない。

子どものころ、母さんが親父と喧嘩して、家ん中がめちゃくちゃに破壊されるたびに、俺は洗面台の棚に並ぶ化粧品セットを眺めていた。

母さんはいっつも、お金がない、という割に、高級な化粧品を揃えて使っていて、何かあって家を出るときには決まって、前日の夜にそれが棚から全部消えていたのだ。今から思えば、それは「止めて」のサインだったのだろう。いつか、俺だけが置き去りにされて、あの人は永遠に、化粧品セットと共に消えて無くなってしまうんじゃないかと不安だった。

実際、置き去りにされたのはそのとき住んでた大阪のアパートじゃなく、じいちゃんの経営する銭湯だったけど。