StoryEssay / 2016 08,25 /Part.1

「僕の人生なんて、蹴られて転がる 石の様なもんだなって、思っていました。」

イベント運営会社に勤める勇次(33歳)は、大阪府豊中市で生まれ育ち、明治大学経済学部を卒業。学生時代から10年付き合った恋人とまさかの結婚1年で別れてしまった×1(バツイチ)男。これからお話しするのは、そんな勇次が離婚、転職、友人関係、恋愛、お金など様々な人生の局面で必死にリライフ(=人生の再生)を繰り返し、大きくなっていくヒューマンドラマです。

飛んでいる記憶、モノクロにしか見えない景色

Chapter.05

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それからのことは時折、記憶が飛んでいます。「もう娘は無理だと思うよ」と簡単に言ってのけた義父との、抜き差しならない話し合い。「お前の我慢が足りん」と徹底的に罵倒された実父との、のっぴきならない話し合い。会社のデスクに「探さないでください」と張り紙して旅に出ようと何度も考えました。
「もう、ダメかもしれない」と披露宴に来てくれた親友の杉山に相談すると「何だよ~ご祝儀返せよ・笑」とあえて冗談で返してきた明るい空気。あの結婚式で「おめでとう」って心から祝福してくれた親友たちの顔がハッと浮かんで夜中に目が覚める瞬間。五臓六腑で責任という言葉を初めて理解した気がします。仕事先に向かう晴れた青空を見上げて、ふと足が動かなくなる。叔父・叔母の笑顔が見える。人生でこんなに辛いと感じたことはないですよ。

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「はい、確かに受理いたしました。」

役所の味気ない戸籍課に、事務的な声が響きました。1年前に婚姻届を出しにきた時、〝少しくらいお祝いモードでもよくない?″と思ったのと同じ事務的な声です。離婚届を出した人間にはわかるんです。受理するのは人間じゃなくていい。AIでいいよって。どこかの通信会社のかわいいAIみたいに「ま~、人生いろいろありますよね~」なんて答えてくれてもいいですよ。AIなら笑えるよって。

すべてがモノクロにしか見えない区役所庁舎を出ました。
頭は、重罪の意識で破裂しそうです。新婚より仕事を優先したこと。甘える妻を甘受できなかったこと。生活習慣の違いを軽視したこと。神様という主審は全て見ていたんだなと。僕は人生というゲームに負けた敗北者。教育的指導。技あり。教育的指導。教育的指導。合わせて、一本! 敗者、山本勇次。幸せから一本取られたら、辛いに変わるんですね。

髪の毛から爪の先まで燃え尽きた、アラサー男

Chapter.06

終わりました。たった一枚の紙っぺらで、人生はバラ色にもドブ色にもなることを痛いほど知りました。髪の先から爪の先まで、燃え尽きた一年間。真っ白な灰しか残っていなかったですね。矢吹ジョーかよ、と。やれることはすべてやった、という実感だけが、自分をギリギリのところで立たせていました。何もやる気が起きなかったので、明日のジョーをなぜか全巻読みましたね、シンパシー感じて。

ちばてつやは、あのラストシーンにこんなメッセージを込めたんじゃないかと思うんです。「真っ白になるまで頑張れば、新しい明日がくる」。一つの物語は終わるけど、人生は否応なく続きます。立てぇ、立つんだジョー。丹下段平の声が、心の中で響きました。

「大丈夫。おれは、大丈夫。」

その日から、僕は“大丈夫”という言葉を毎日言い聞かせました。言霊というけれど、言葉って不思議です。どれだけ大丈夫じゃなくっても、大丈夫と言ってる限り、大丈夫なんですね。大丈夫。おれは、大丈夫。今日を表面的にでも普通に生きる力だけは、わずかながらに生まれてきました。まだ明日を夢見る力はなかったけれど、大丈夫。大丈夫、だけ考えていました。

人生でこんなに幸せと思ったことはありません。
人生でこんなに辛いと思ったこともありません。

親友の杉山がいいことを言ってくれました。「マイナスに3しか振れない人間は、プラスも3しか得られないけど、マイナスに10振れる人間は、プラスの10を得られるんだ」と。影があるから、光がある。影が深ければ、光は煌めく。大丈夫。おれは大丈夫。そうやって僕は、1年前には考えもしなかった、新しい人生を歩みはじめました。

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廃人寸前になった勇次。「大丈夫」という言葉を唱えながら見出した新しい人生。
次号は、離婚から立ち直った2年後の勇次の姿に迫ります。

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