StoryEssay / 2017 05,22 /Part.3

38歳出版社勤務。過ちから逃げるように始めたランニングの先に見えた新しい自分。 そして新たな出会いからのリライフ(後編)

出版社に勤める勇次は、大阪府豊中市で生まれ育ち、明治大学経済学部を卒業。学生時代から10年付き合った恋人とまさかの結婚1年で別れてしまった×1(バツイチ)男。
これからお話しするのは、そんな勇次が離婚、転職、友人関係、恋愛、お金など様々な人生の局面で必死にリライフ(=人生の再生)を繰り返し、大きくなっていくヒューマンドラマです。

離婚経験者同士だからこそ抱く、親近感と思いやり “家族の喜び”を感じ、惹かれていく心

Chapter.13

でも、その後、なかなか関係が進展しませんでした。それほど日が経たないうちに勇気を出して、「今度、一緒に走りに行きませんか?」とトレイルランに誘ったのですが、続けて2回も断られると、さすがに心が折れかけました。でも、どうしても順子さんの存在が気になる。そこで、時間を空けて改めてメッセージを送りました。すると、初めて返信が来ました。「子どもも、連れて行っていいですか?」と。

もちろん異論はありませんが、その理由が気になります。単純に、そう何度も実家に子どもを預けるのは難しく3人で出かけたいと言ったのかもしれません。もしくは、勘が鋭そうな彼女は僕の好意に薄々気づいていたはずで、断るための口実とも解釈できるし、<アプローチをされる前に、私の現実を見せたい>という気持ちからの申し出という可能性も考えられます。

ただ、お子さんがいるとなればトレイルランは難しいはず。そこでハイキングを提案すると、「いいですね!」とのレス。このメッセージで、子どもを連れていきたいという理由が僕の誘いを断るための口実ではないことがわかり、すごくホッとしましたね。場所を高尾山に決め、5月最終週の土曜日に出かけることになりました。

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当日の集合時間は午前9時。期待と緊張がないまぜになった気持ちで電車に乗り、目的地を目指しました。新宿で京王線に乗り換え、車窓から景色を眺めながら過ごします。京王線沿線はじつに表情豊かで、昔ながらの商店街が栄える街もありますが、23区の外に出ると、東京都内とは思えないほどの緑あふれる景色が見えてきます。いつかこの辺りの郊外に小さな家を構えて、順子さんとお子さんと……などと、やや先走った夢想をしてしまいました。

高尾山口駅には8時半過ぎに到着しました。改札近くで待っていると、一本後の電車で順子さんが娘さんの手を引いてあらわれました。彼女は僕を見つけるとニッコリ笑ってくれて、目じりに皺が刻まれました。
この皺が、酸いも甘いも嚙み分けた大人の女性の象徴のように見えて、とりわけ美しく感じられます。そんな順子さんに「ほら、自己紹介は?」と促されたお子さんは、「大石千夏です!」と元気にあいさつしてくれました。おしゃまで照れる様子もなく、「ゆうじさん、ゆうじさん」と話しかけてきてくれます。オカッパ頭がよく似合う、とても可愛いらしい子でした。

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僕たちは清滝駅からケーブルカーに乗って高尾山駅まで移動し、5歳の子どもでも登れる1号路で山頂を目指しました。千夏ちゃんは元気いっぱいで、長く続く石段もピョンピョンと跳ねるように駆け上がっていきます。そして、約1時間のハイキングで無事山頂にたどり着きました。
僕は結婚していたときに子どもを授からなかったので、千夏ちゃんと過ごすのは貴重な体験でした。千夏ちゃんは、やりたいことに喜怒哀楽全開で無心に向かっていく。実直でストレートな感情表現を見るにつれて、大人になる過程で自分がどれだけ狡猾になったかを考えさせられました。

絶景を眺めたあとは、レジャーシートを敷いて昼食です。順子さんが早起きしてつくってくれたサンドウィッチをみんなで食べました。順子さんも「久しぶりにちーちゃんとお出かけができたのも、勇次さんのおかげです」と喜んでくれて、無性にうれしかったですね。

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ふと気づくと、千夏ちゃんは食べかけのサンドウィッチを片手に、こっくりこっくりと船を漕いでいました。その無邪気な寝顔を見て、僕と順子さんは顔を見合わせて笑いました。早起きして一所懸命歩いたから、だいぶ疲れたんでしょうね。下りは、僕が千夏ちゃんを背負っていくことにしました。順子さんは「ご迷惑をおかけします」と恐縮していましたが、まったく迷惑ではありませんでした。交際を申し込んだわけでもないのに気が早すぎるのですが、順子さんや千夏ちゃんと本当の家族になれたような気がして、心の中でガッツポーズをしていました。

そして、駅で別れるときに、千夏ちゃんが「ゆうじさん、また遊ぼうね!」と言ってくれたんです。もう、なんてナイスなアシストなんだ!と、飛び上がりたいような気持ちでした。
「また三人でお出かけしたいですね」というと、順子さんも「ぜひ!」と笑顔で応じてくれて。家に戻ってからも、彼女の笑顔をつい思い出し、他人が見たら気持ち悪いくらいニヤけていたと思います。

順子さんとの出会いは、恋愛について改めて考えさせてくれました。
それまでは、恋愛はまやかしや演技の要素がどうしても入り込むもの、と思っていました。でも、裏表のない順子さんとなら、駆け引きが苦手な僕でもストレートに思いを伝えあうことができるんじゃないかという予感がしたんです。それに、離婚経験者であるという共通項が、僕たちの関係に少なからず作用しているように思えました。離婚を経験したことで、結婚していた頃に比べ異性に対して寛容に接することができている自分に気づいたんです。これは大きな発見でした。

自分は変われるかもしれない、という気持ちが沸き起こってきました。

好きな人ができると、生活にハリがでてきます。仕事のやる気も倍増です。記事を一つ書くにも身が入るようになり、SNSなどで雑誌の評価を検索してみると、以前に比べ反応してくれる人が増えるようになりました。もちろん、その程度で過ちは帳消しにならないし、職場の人間関係は相変わらず冷ややかではありますが、今の自分は会社に貢献するためにまっすぐ努力するしか道はない。そんな思いで、無我夢中で仕事に打ち込みました。同僚の評価は変わらないけれど、自分自身が大きく変化していく確かな実感がありました。

新たな出会いから、新しい人生が始まろうとしている勇次。次回は勇次に更なる試練が訪れる……。
彼を待ち受ける次のリライフとは。