Interview / 2019 08,02 /2

別れが紡いでくれる、新たな出会い。

進学を機に家を離れる息子、彼を案じながら寂しい気持ちを抱える母親。その様子を優しく見守りながら、家族の新しいカタチを提案する父親。三井のリハウスのCMでそんな父親役を演じた中野さんには、どんな『リライフ』の瞬間があったのか。俳優という職業との出会いから、趣味やライフワークといったパーソナルな面まで、たっぷりとお話をうかがいました。

俳優・中野英樹さん

1968年2月15日生まれ。神奈川県出身。大阪芸術大学ミュージカル専攻卒業。最近では、映画『万引き家族』『SUNNY-強い気持ち・強い愛-』(ともに2018年公開)の他ドラマ、CMなど多数出演。去る7月には舞台『芙蓉咲く路地のサーガ』〜熊野にありし男の物語〜が、新宿花園神社境内特設ステージで上演された。

■俳優人生は、大学のパンフレットがきっかけ!?

――俳優として幅広くご活躍されていますが、現在の中野さんに至るまでの『リライフ』の瞬間を伺いたいと思います。まず俳優を志すきっかけとなったことはなんですか?
僕は俳優になるんだ!と固く決意して…というほどのことは、実はあまりなかったんです…。大学進学を控えたときに、友人が大阪芸術大学を受験すると聞き、パンフレットを見せてもらったら、ピアノを弾く人、絵を描く人、ろくろを回している人が並ぶ中に、なにやら笑顔で手を広げている人たちが載っていました。なんだこれは?と思ったそれが、のちに僕が在籍する舞台芸術学科の紹介だったんです。

受験は面接、実技、小論文の3つで学科試験がなく、横浜の実家を出て大阪でのひとり暮らしも悪くないと思って(笑)。受けてみたら合格しましたね。これが俳優人生のスタートラインでしょうか。

――高校生のときは、俳優になろうとは思っていなかったんですか?
当時、ジャッキー・チェンにはハマっていましたけどね(笑)。とくに考えたことはなかったです。それにいざ入学してからも、人前でセリフを言うのを恥ずかしがっているくらいでした。

まわりはみんな高校のときから演劇部だった人たちばかりの中、完全に素人の自分は先生にダメ出しすらしてもらえない。授業で芝居を見ても、面白いと思えない。正直、辞めたいなと思っていました。

――それでも辞めなかったのには、理由があるんですか?
学年ごとに芝居を作る、という授業があったのですが、そのとき3回生のお芝居を観たからですね。本当に衝撃的でした。つい昨日までは辞めたいと思っていたのに、その芝居を観た直後には研究室に出向いて、専攻コースを変えてもらいました。それほどに「演じるって面白いんだ」と思ったんですよ。あ、これって決定的な『リライフ』の瞬間ですね!

……実はそのときの芝居に出演されていた先輩は、今もテレビや劇団で大活躍されている俳優さんでして。いまでも楽屋に挨拶にいくと、背筋をピンと伸ばしてお話させていただいています(笑)。

――そこからハマったお芝居で、卒業後は食べていこうという思いはありましたか?
…かというと、そう心に誓ったわけでもないんですね。ただ、芝居に対して熱が冷めることはなかったです。幸いなことにユニークな後輩にも多く出会えて、また当時の関西の小劇場界もすごく元気で熱があった。それに引きずられたというか、引きこまれたというか。そんなカタチで大学を卒業後は大阪の劇団に5年ほど参加していました。