StoryEssay / 2018 10,18 /Part.2

7年後の「刻の湯」by小野美由紀(前編)

家族のかたちは、家族の数だけあるもの。全3回にわたって、各作家がさまざまな「家族」をテーマにしたショートストーリーをお送りします。
今回は、銭湯で巻き起こった青春群像劇を描いた小説『メゾン刻の湯』(ポプラ社)で描かれた7年後の世界を舞台に、家族のあり方について見つめ直していきます。

小野美由紀

文筆家。1985年生まれ。慶応義塾大学文学部フランス文学専攻卒。卒業後、Webや雑誌を中心にフリーライターとして活動開始。徐々にコラムやエッセイに執筆の域を広げる。2018年2月、初の長編小説で銭湯を舞台にした青春群像劇『メゾン刻の湯』をポプラ社より出版(https://www.poplar.co.jp/book/search/result/archive/8008177.html)。月に1回、書き手になりたい方に向けたエッセイや小説の創作ワークショップ「身体を使って書くクリエイティブ・ライティング講座」を開催している。

人の体って、死んだ後もけっこうずっとあったかいんだな。

というのが、17年間生きてきて、初めて人の死に立ち会った直後の俺の感想だった。

 

はあ、と荒い息を吐いて、ごろりと横になると、暗くて広い板天井が目の前に広がった。

シーツは汗でぐっしょりと湿っている。

人の体から、短時間でこれだけの液体が出るというのが面白かった。

隣では同じように息を弾ませ、熱い鞠のような柔らかい物体が、どっくんどっくんと波打っている。

女の子の体だ。

じいちゃんが死んでから三カ月。俺がしたことといえば、遺品を整理したことと、今まで通り学校に行くこと。

それから人生初めて女の子と一緒に横になって寝ている。それだけだ。

 

「えーっ、リョータ君ってひとりでこの家に住んでるの?」

女の子が声を上げる。同じクラスの子だ。じいちゃんが死ぬまで、喋ったことなんて一度もなかった。葬式で学校を休んだ俺を心配して話しかけてくれて、それから仲良くなった。

女の子の体は、男の体よりもよく光をはね返す気がする。発光塗料が塗られているみたいに、暗闇でもかすかに白く発光してみえる。

「うん。前はたくさん、居候がいたんだけど、ここ1年は俺とじいちゃんだけだったし」

この家の最後にして最長の居候、マヒコ兄ちゃんは昨年結婚して出て行った。最近、なんかの小さな文学賞をとったらしい。急に忙しくなり、めっきり遊びに来なくなった。

「そっかあ」と女の子は神妙な声で呟く。さっき、うちに上がったときにはキョロキョロしながら「こんな大きなお家に上がるの初めて」と言っていたっけ。

「ひとりで寂しくない?」

うーん、と言って俺は天井を見つめる。じいちゃんがいなくなったこの家は、2人で住んでいたときよりも一回り大きく見える。脱皮したヘビの抜け殻みたいだ。

ガラス戸から吹き込んだ風が吹き抜けて、体が冷たい。

「そうでもないよ。けっこう気楽だし。ご近所さんとも、付き合いあるし」

 

俺の最愛のじいちゃん、戸塚タカシ(享年82歳)は、今年の5月25日、うららかな午後の日差しの差す中、亡くなった。じいちゃんの能天気な性格を表すような、ぽかんとした死だった。

病室にはたくさんの知り合いが詰めかけて、穏やかなムードでの最期だった。

俺は少し泣いたけど、正直、全てを納得した上での温かな涙だった。じいちゃんは、ゆっくり、丁寧に、時間をかけて死んでいったから、話したいことは全部話せたし、俺の方で思い残すことは何もなかった。悲しみ以外の成分が入り混じる涙を流したのは、17年間のこれまでの人生の中で初めての出来事だった。

じいちゃんは俺が子どものころ、銭湯を経営していた。いろんなことがあって閉店したが、近所の人々からの要望や、当時、住み込みで働いていた居候たちの助けもあって、建家だけは残すことにした。今は足湯施設のあるカフェ兼ギャラリーとして運営している。寺と神社と猫と坂ばかりのこの街ではなかなか貴重な文化的施設らしく、足を運んでくれるお客さんは多い。

今でも銭湯の常連さんだったおばあちゃんが、ふらりと家の軒に立ち寄って、昔の思い出をにこにこしながら話してくれる。じいちゃんの銭湯が、どれだけ街の人たちに愛されていたかが良くわかる。