StoryEssay / 2017 06,19 /Part.4

39歳出版社勤務、めまぐるしい男の人生小説第4章。 転職、離婚、親友との絶縁、新たな出会い…そして、 突然訪れた母との別れからのリライフ。

出版社に勤める勇次は、大阪府豊中市で生まれ育ち、明治大学経済学部を卒業。学生時代から10年付き合った恋人とまさかの結婚1年で別れてしまった×1(バツイチ)男。
これからお話しするのは、そんな勇次が離婚、転職、友人関係、恋愛、お金など様々な人生の局面で必死にリライフ(=人生の再生)を繰り返し、大きくなっていくヒューマンドラマです。

空いた心を埋めてくれる順子さんという存在 彼女が教えてくれた“いま”の大切さ

Chapter.15

7月最後の土曜日、久しぶりに順子さんに会いました。順子さんは、夜は千夏ちゃんの食事を作らないといけないので、昼間にカフェでお茶をしました。
母が亡くなったことはLINEで伝えていました。順子さんは、高校生の頃に父親を心筋梗塞で亡くしたこと、あまりにも急だったので心の整理をつけるのに時間がかかったこと、苦労する母親の姿を見ていつか親孝行がしたいと思ったことなどを話してくれました。
辛かった過去を打ち明けてくれたのは、信頼されているようでとても嬉しかったですね。

順子さんは当時まだ学生だったため、親孝行らしい親孝行を一つもしないうちに先に旅立たれた、とさみしそうでした。そして、こう言いました。

「大人になると、興味のあることを見つけてやってみたいなって思っても、『今は仕事で忙しいから、いつかやろう』って一旦保留にしますよね? でも、父の死を振り返るたびにこう思うんです。本当は『いつか』なんてなくて、『今』しかないんだなって」

母が亡くなってから、自分の人生について考え込むことが多かったので、僕はこの言葉に頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けました。今の生活において、見直さなければいけないことがたくさん浮かんできました。

そんなタイミングで、帰り際に順子さんから初めてプレゼントをもらったんです。帰宅して中身を確かめると、高価そうな一筆箋とボールペンが入っていました。添えられていたメモには、丁寧な字で「今の気持ちを書き出すとスッキリするかもしれませんよ」と書かれています。こまやかな心遣いに、凝り固まっていた気持ちがほぐれていくのがわかりました。
一筆箋を開き、握りやすいボールペンで試し書きをしてみました。紙質はサラリとしていてインク乗りも上々です。僕は久しぶりに手書きで文字を書き進めました。

まずは暮らしのこと。東京での生活は刺激的です。
けれど、長い都会生活のなか幾度となく、満員電車で訳もなく人に睨まれたり、混雑する街頭で人とぶつかって舌打ちされるたびに、何かが気持ちの中から抜け落ちていくような感覚がありました。渋谷のスクランブル交差点や新宿の大ガード下など、上京したての頃に喧騒を心地よく感じられた場所が、いつの間にか苦手になっていました。

母の死をきっかけに、一生をここで終えていいものかと自分に問いかけることが増えました。

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僕が本当に暮らしてみたいのは、自然豊かな里山ではないか、と思い始めたのは四十九日も済んで少し落ち着いてきた頃でした。小学生の頃、アウトドア好きの父に連れられて楽しんだキャンプを原体験に「空気のおいしい所」で生きる気持ちよさを思い出していました。最近になってトレイルランを体験したことで、その思いはより一層強くなっていました。

もう一つは、仕事です。そもそも今の仕事は、離婚した妻と同じフィールドに立ちたいという思いから選んだものでした。クリエイティビティが求められる出版業界の仕事に、やりがいがないわけではありません。けれど、少々疲労が重なっていたのも事実でした。自分の愚行が原因ですが、人間関係にも疲れていました。
もし移住すれば、地方に住んでも東京の編集やライティングの仕事でモバイルワークができる人脈はできていました。でも、暮らしの場が自然の中に移るのならば、その場所ならではの仕事もできるのではないかという思いが浮かんできました。地元のためにコミュニティペーパーをつくれるかも、自然を相手にした仕事もしたいな、そう考えてみるだけでも新たな力が湧いてくるようでした。

順子さんは、「今は子育てがいちばん楽しい」と言います。たとえば、千夏ちゃんを連れていきたいところや体験させたいことがあったら、家計が許す限り極力実行に移しているそうです。僕も順子さんのように、自分の正直に生きたい。どこかの里山に移り住んで、季節を感じながら心新たに生きていきたい……。

母の死を経て、改めてそう思うようになりました。順子さんからもらった一筆箋には、自分でも気付かなかった、僕の人生へのまっすぐな想いがしたためられていました。

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次回遂に最終回。自分の人生で本当に大切なものは何かを考え、一歩を踏み出した勇次の最後のリライフとは?