「この街の魅力は、一度住んだらわかると思いますよ。きっとそのあと違う街に住んだとしても、また必ず戻ってくるんじゃないかな。」

静かな口調でこう語ったのは、田園調布の老舗和菓子店「あけぼの」の店主。

東京に15年ほどに住み、いくつかの街を転々としてきた私。 それぞれの風景や町並みに魅力を感じながら、一度離れた町に戻ることはなかった。

また戻ってきたくなる街……それって一体?

あけぼの店主の言葉の意味を探すように、田園調布の街を歩いてみました。

【田園調布の基本情報】

駅名:東急東横線・東急目黒線「田園調布」駅
ランドマーク:田園調布駅旧駅舎

街の中心地。地域の人に愛される駅上ショッピングセンター「東急スクエアガーデンサイト」

田園調布駅があるのは大田区の最西端。
駅を降りて改札を抜けると、早速整備された洋風の建物が視界に飛び込みます。
これは「東急スクエアガーデンサイト」。

以前は地上にあった田園調布駅が地下化してから、2000年から2004年にかけて「本館・アネックス・南館・北館」と順次開業されました。

▲改札を出ると目の前に見える東急スクエアガーデンサイトの「アネックス」

施設内にはスーパーマーケットやベーカリー、ドッグカフェ、書店、雑貨など、厳選したものを取り揃える店が揃います。

▲東急スクエアガーデンサイト本館1階のフードマーケット「プレッセ」。生鮮食品などに加え、ワインやチーズも充実している

低層階で建設され、町並みとの調和がとれた気品漂う雰囲気が、歩いているだけでゆったりとした気持ちにさせてくれます。

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ちなみに、本館の1階にある「杉養蜂園」は、国産蜂蜜をはじめ、ローヤルゼリーやプロポリス、自然派化粧品などを扱うお店。

蜂蜜を使ったソフトクリームやソフトドリンクも用意されているので、自然な甘さを楽しみながら街を散策するのもいいかもしれません。

老舗の名店も軒を連ねる。坂道にある商店街と庶民の暮らし

駅を降りて東の信号を渡ると、その先にあるのが田園調布商店街。
1936年に「旭野会」として誕生してから80年以上続く歴史のある商店街です。

緩やかな下り坂の通りに沿って、1932年から続く青果店「ヤマナカヤ」や、うなぎの名店「平八」、1954年創業の「ローザ洋菓子店」など、老舗がズラリ。

▲知る人ぞ知るうなぎの名店「うなぎ平八」
▲1951年に創業した佃煮のお店「有明家」
▲自家製天然酵母と国産小麦にこだわったパン屋さん「KUKULI」

さらに坂を下りきって信号機を右に進むと、一般的な単身向け・ファミリー向けのマンションもちらほら。

午前中に開け放ったドアの窓からは「ブイーーン」と掃除機の音が聞こえてきたりして、なんだか安心……。屋敷や豪邸のイメージが強い田園調布ですが、そこには普通の人の普通の暮らしもあるのです。

100年前の日本人が目指した「理想的な住宅地」。

田園調布の駅を降りた西側に見える建物。特徴的な形の屋根が目を引きます。

これは田園調布駅の旧駅舎。東急線の改良工事に伴って平成2年に解体されましたが、地元住民からの強い要望により、10年後の平成12年に復元されました。

▲田園調布駅旧駅舎。「マンサード・ルーフ」という屋根の形は、欧州中世紀の民家がモデルになっている

現在は駅舎としての役目を終え、改札階へのエレベーターの乗り口があるのと同時に、街のランドマークとしても親しまれています。

そして、この旧駅舎の西側に広がるのが、高級住宅街。

▲西口のロータリー。中央には噴水があり、5月上旬には噴水の周囲にバラが咲き誇ります
▲ロータリーの南側にあるお店。カフェ「ペリカンコーヒー」ではモーニングのトーストセットが200円で楽しめます
▲こちらは田園調布で20年以上続くパスタ店「パスタ アールワン」。外観だけでなく内観もとて美しく、雰囲気はさながら結婚式場

田園調布は、実業家の渋沢栄一らが1918年に立ち上げた「田園都市株式会社」により開発、分譲された地域。「理想的な住宅地」を目指し、建物の高さを制限するなどして街の景観を守ってきました。

▲道は駅を中心に放射状に広がるように設計されている
▲整備された並木道

整理整頓された統一感のある町並みが特徴。
建物と建物の間には一定のスペースが設けられ、街全体からゆとりや余裕が感じられます。
また、公園などの緑も豊富。

▲宝来公園。広々とした傾斜状の敷地に大きな池もある。
▲宝来公園を超えて南の方に歩くと見えてくるのが「多摩川台公園」
▲一歩足を踏み入れればそこは森の中
▲多摩川台公園の階段を下りると多摩川の素晴らしい眺望が

この眺めにたどり着いたのはちょうどお昼頃。

1月だというのに汗をかき、ジャケットを脱いでタオルで汗をぬぐっていました。
田園調布がこんなにも歩いて魅力を感じる街だとは、思わぬ誤算です。

統一感のある美しい町並みと豊かな緑。
ストレスフリーで健やかな街の様子から、100年前の人々が「理想の住宅地」に何を求めたのか、少しだけわかったような気がしました。

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味を守り続け、街とともに生きる

田園調布の街を取材後、後日再び「あけぼの」の店主、内田吉昭さんのもとを尋ねました。

あけぼのは、2019年で創業から86年を迎える田園調布の老舗の和菓子店。

内田さんはもともと工場長としてここで10数年勤め、2018年に代表取締役となりました。
(※以下、「」内は内田さんのセリフです)

▲内田吉昭さん

ーー駅の東側は思ったよりも庶民的で、いい意味で意外でした。逆に西側は、豪邸も素晴らしかったですが、それよりも並木道の美しさが印象に残っています。それに緑も多いんですね。
「そうですね。とにかく街は静かで落ち着いていますよ。特に西側はね。昔から地元の人が守ってきた街ですからね。先代がこの店をはじめたときは、まだ今ほど完成していなかったと聞いています。」

ーーではお客さんは古くからの常連さんが多いですか?
「はい。地元の常連さんが多いですね。それから、以前この辺に住んでいた人が昔の味を懐かしんで来てくれることもあります。『これからも味を変えないでね。』とよくいわれます。」

ーーやはり、新しいものを作りだすというより、昔からの味を守りたいという意識の方が強いのでしょうか?
「新しいことに挑戦するのも大事ですが、それよりもこれまでの味を守り続けることが大事ではないかなと。うちはあんこが絶対的に美味しくて、店の2階にある工場ですべて1から作っています。職人の感覚を頼りに、冬は長く煮て粘りを出したり夏は逆にさっぱり仕上げたり、微妙に調整する。これこそがうちの“命”。これからも変わらない菓子作りをできるだけ長く続けていきたいです。」

変わらない美しさ、育まれる安心

日本に高級住宅街と呼ばれる場所はたくさんありますが、これほどまでに美しい町並みは他にないかもしれません。

その所以は、街が生まれたときのポリシーを今の人が引き継ぎ、しっかりと守っているから。
変わらないものは美しい。それと同時に、変わらないことにより育まれる安心感があります。

「また戻ってきたくなる街」

田園調布の街を歩き、内田さんの言葉の意味が少しわかった気がしました。

▲86年間変わらない味のあんこが詰まったあけぼのの桜餅。

下條信吾

長野県安曇野出身、東京在住のフリーライター・カメラマン。レゲエベーシストとしてKaRaLi、Tropicos、The Kingstompersなどで活躍中。
趣味は地図なしの東京街歩き。
八王子から立川まで2時間半、下北沢から仙川まで4時間、お台場から笹塚まで6時間かかりました。
Instagram:https://www.instagram.com/bassieshimo/